【マニア向け】魚の熟成と神経締めに関する11の疑問を徹底解説!

「魚の熟成の仕組みは?神経締めの効果は?科学的に詳しく解説!」の続きです。

記事を書く上で生じた疑問や、ネットで散見される情報の真偽など、熟成と神経締めについて気になったことを詳しく調べてQ&A形式でまとめました。

かなりマニアックな内容なので、興味がない方はごめんなさい!

随時更新していく予定ですので、疑問があれば是非コメントで教えてくださいね。

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Q1:ATPの回復には活け越しが効果的というけれど、どれくらいやれば良いの?

A1:できれば一晩。でも、数時間でも効果がありそうです。

この疑問に答えるには魚のATP量がどれくらいで回復するかを知る必要があります。

ラージマウスバスとニジマスのATP回復時間を調べた研究によると、消耗したATPが回復するまでの時間はラージマウスバスで約4時間(Suski et al., 2006)、ニジマスで1時間でした(Pearson et al., 1990)

また、ニジマスではATPを新しく作り出す材料になるグリコーゲン量が回復するまでに約6時間かかることもわかっています(Pearson et al., 1990)

ATPの回復にかかる時間は魚種によって大きな違いがある上に水温の影響を受ける可能性もあるので、最適な活け越し時間をずばり明言することはできません。

ただ、これらの結果を見る限りは数時間休ませるだけでも一定の効果が見込めるのではないかと思います。

 

例えば船釣りであれば、釣れた魚を生簀で泳がせておき、下船するときにまとめて締めると良いと思います。

こうすれば数時間は休ませたことになるので、神経締めの効果が得られるのではないでしょうか。

陸っぱりの場合はスカリを持っておくと良いかもしれません。

グリコーゲンの回復まで考えるなら、できれば一晩くらい休ませるのが理想です。

釣り人には難しいですが、一流の漁師さんが高級なお寿司屋さんなどに卸している魚はこのように処理されていることが多く、小売店の数倍の単価で取引されているようです。

 

実は、魚が死んだ後にもADPからATPを再生するための色々な反応が筋肉中で起きており、死後もしばらくの間はATP量が維持されます(小関ら, 2006)。

ATPを再生する経路のうち、主要なものの一つがグリコーゲンを分解してできるグルコースを利用した解糖系のプロセスです(高校で生物を選択した方には懐かしい響きでは?)。

グリコーゲンが枯渇するまでATPが再生され続けるので、グリコーゲンもなるべく多く残した方が鮮度が長持ちするのです。

 

<引用文献>

Suski, C. D., Killen, S. S., Kieffer, J. D., & Tufts, B. L. (2006). The influence of environmental temperature and oxygen concentration on the recovery of largemouth bass from exercise: implications for live–release angling tournaments. Journal of Fish Biology, 68(1), 120-136.

Pearson, M. P., Spriet, L. L., & Stevens, E. D. (1990). Effect of sprint training on swim performance and white muscle metabolism during exercise and recovery in rainbow trout (Salmo gairdneri). Journal of Experimental Biology, 149(1), 45-60.

小関聡美, 北上誠一, 加藤登, & 新井健一. (2006). 魚介類の死後硬直と鮮度 (K 値) の変化. 東海大学紀要海洋学部, 4(2), 31-46.

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Q2:熟成に向く魚と向かない魚はある?

A2:はい、魚種による向き・不向きはあります。

まず、マダラやスケソウダラなど、冷たい環境に棲んでいる底魚は熟成に向きません。

これらの魚のATP関連化合物は、傷みやすい魚として有名なサバやカツオと比べても段違いのスピードで代謝されてしまうからです(横山・坂口1998;小関ら, 2006)。

この理由は未だに明らかになっていませんが、水温が低い場所に生息する魚種ではATP関連化合物を分解する酵素の活性が低温でも高く保たれるため、いくら冷やしてもあっという間にイノシンやヒポキサンチン(臭み)にまで分解されてしまうという可能性が考えられます。

 

タラ類ほどではないものの、サバなどの青物系も熟成には向きません(杉本2013)

赤身の魚は筋肉中に多量のグルコースを含むため、上述した解糖系によるATPの回復が盛んに起こります。

解糖系の働きによる副産物として乳酸が生成されるのですが、これが多いと肉が酸性化していきます。

この酸性化はやっかいな問題を引き起こします。

赤身の魚に多く含まれるアミノ酸の一種であるヒスチジンは細菌の働きでヒスタミンに変わって食中毒の原因になるのですが、この細菌が酸性条件でより高い活性を示すようなのです。

いわゆるヒスタミン中毒のリスクが高いという理由で、赤身の魚の熟成には注意が必要です。

 

<引用文献>

横山芳博 & 坂口守彦. (1998). 魚介類筋肉の死後における ATP の代謝とその周辺. 比較生理生化学, 15(3), 193-200.

小関聡美, 北上誠一, 加藤登, & 新井健一. (2006). 魚介類の死後硬直と鮮度 (K 値) の変化. 東海大学紀要海洋学部, 4(2), 31-46.

杉本昌明(2013)鮮度とは何か.第15回「ジャパン・インターナショナル・シーフードショー」,プレゼンテーションスライド

 

Q3:イカ・タコは熟成できる?

A3:基本的に熟成に向きません。

イカやタコなどの頭足類では、魚のようにイノシン酸を経由するATPの分解経路のほかに、ATPが肝心のイノシン酸を経由せずに臭みに分解される経路が存在するようです(横山・坂口1998)

そして残念なことに、このイノシン酸を経由しない経路の方が主要なのだそうです。

そのため、低温で保存してもイノシン酸(旨味)の量が高まらずに、イノシンやヒポキサンチン(臭み)が増えてしまうようです。

 

Q4:どうして0℃だと死後硬直が早まるの?

A4:正確にはわかっていません。

筋肉が収縮するためには筋細胞内のカルシウムイオン濃度が高くなる必要があります。

収縮時に筋細胞に放出されたカルシウムイオンは、収縮時以外(弛緩時)には小胞体やミトコンドリアの膜の上にあるポンプにより、これらの中に集められます。

このように、小胞体やミトコンドリア内外へのカルシウムイオンの放出と回収が繰り返されることによって正常な収縮と弛緩が行われます。

しかし、温度が下がりすぎると小胞体やミトコンドリアの膜の構造やポンプの働きに影響が出て、筋細胞内のカルシウムイオンを小胞体やミトコンドリアに戻すことができなくなることが示唆されています。

その結果、早期に死後硬直(=筋肉が収縮したままになる状態)を招くのではないかと考えられているようです(小関ら, 2006、Watabe et al., 1989)

 

<引用文献>

Watabe S, Ushio H, Iwamoto M, Yamanaka H, Hashimoto K. Temperature-dependency of rigor-mortis of fish muscle: myofibrillar Mg2+ -ATPase activity and Ca2+ uptake by sarco- plasmic reticulum. J. Food Sci. 1989; 54: 1107–1115.

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Q5:神経締めするとどれくらい鮮度が延びるの?

A5:マアジだと、刺身でおいしい時間が1日くらい延びそうです。

Mishima et al. (2005)では締め方の違いがマアジの鮮度低下に及ぼす影響を調べています(貯蔵温度の影響も調べていますが、ここでは触れません)。

色々な締め方をしたマアジを10℃で保管し、鮮度の指標となるK値の経時変化を調べたところ、苦悶死や氷締めと神経締めではK値の変化に明確な違いがありました。

K値は小さいほど鮮度が良いことを示し、生食の目安は20%以下です。

苦悶死や氷締めの場合は締めてから48時間後にはK値が15%ほどに上昇していました。

一方で、神経締めの個体のK値は48時間後も10%ほどでした。

この論文では48時間で追跡を終えてしまっているのでその後のことは想像するしかありませんが、神経締め以外の締め方では3日目、神経締めでは4日目くらいでK値が20%を超え臭みが出るのではないかと思いました。

 

<引用文献>

Mishima, T., Nonaka, T., Okamoto, A., Tsuchimoto, M., Ishiya, T., Tachibana, K., & Tsuchimoto, M. (2005). Influence of storage temperatures and killing procedures on post-mortem changes in the muscle of horse mackerel caught near Nagasaki Prefecture, Japan. Fisheries Science, 71(1), 187-194.

 

Q6:ドリップを取りながら4日以上熟成させても臭みを感じないんだけど…

A6:私もそう思います。

魚によっては4日どころか平気で1週間くらい置くこともありますよね。

これについては理屈を明快に説明することはできませんが、面白い情報を見つけました。

Spinelli (1965)によると、臭み成分であるヒポキサンチンを単体で舐めてみると、濃度0.01%で臭みを感じるそうです。

しかし不思議なことに、カレイの一種の肉に0.08%(100g当たり約80mg)という閾値の8倍のヒポキサンチンを加えても、何も加えなかったものとの間に味の差が見られなかったそうです。

ところが、鮮度が低下して細菌数が106/gを超すと、この半分の濃度でも臭みが感知できるようになったとのことです。

 

なぜこのような結果になったのでしょうか?

Spinelli氏は、ヒポキサンチンの苦味をマスクするようなある種の成分が細菌の増殖に伴って消失するか、あるいはその味を増強するような成分が生成するためではないかと推測しています。

食べ物にはたくさんの種類の化合物が含まれていて、それらが相互作用しています。

この複雑な混合物を舌の味蕾に乗せて、最終的なアウトプットとしての「味」を感じるということですね。

そのため、単一成分の挙動だけを追いかけて、それだけで味まで説明しようとすると、理屈と味の感じ方の辻褄が合わなくなってきます。

ATPの分解産物のダイナミズムだけでは味を説明することができないということだと思います。

科学者が明らかにした仕組みに敬意を払いつつ、わかっていないことが多いことも認識し、最終的にはご自身の舌で判断する、という態度で良いのではないでしょうか。

 

私の経験では、魚を熟成させすぎると、臭みが出る前に旨味が抜けた感じになります。

これはイノシン酸の総量が減ることによると思います。

このとき、臭み成分が蓄積されてきているはずですが、人がそれを臭みとして感じ始めるまでにはタイムラグがありそうですね。

閾値のようなものがあるのか、それが他の化合物との相互作用によるものなのか、まではわかりませんが…

 

<引用文献>

SPINELLI, J.: J. Food Sci, 30, 1063 (1965).(鴻巣章二;魚貝類の味ー呈味成分を中心にしてーから孫引き)

 

Q7:ATP関連化合物の話ばかりだけど、それ以外の物質は味に影響しないの?

A7:もちろんします。

例えば、タンパク質の分解によって生じる遊離アミノ酸や乳酸も味に影響します。

乳酸はATP代謝(1~2日)と同じ時間スケールで増えますが、遊離アミノ酸は1週間くらいかけて徐々に増加します(小関ら, 2006)

ただ、これが影響するほど熟成させると臭みも出てくるので、魚でここまで熟成させるのは中々難しいかもしれません。

そもそも魚肉は家畜の肉に比べて腐敗しやすいので、いくら熟成が流行っているからと言って肉と同じように考えるのはとても危険です。

例えば牛は死後24時間で死後硬直し、硬直状態が8~10日も続くのだそうです。魚とは全然スケールが違いますね。

一方で、プロは1週間以上のオーダーで魚を熟成させたりしています。

これによって出てくる旨味はイノシン酸ではなく、遊離アミノ酸の類だと思われます。

ただ、魚のこのような食味に関する研究はまだ行われていないと思います(2018年12月現在)。

臭み成分はどうなっているのか?どんな遊離アミノ酸が食味に寄与しているのか?など、さらなる情報が待ち遠しいです。

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Q8:ATP関連化合物の生成には微生物が関わっているの?

A8:魚の熟成に関しては違うようです。

熟成は筋肉中に内在する酵素によって起こります。

これは魚肉に抗生物質を添加してもATP分解産物が出てくる過程が変わらないことで確かめられているそうです(小関ら, 2006)

ただし、その後のタンパク質の分解などでは微生物が関わってきます。

微生物が関わる現象は熟成ではなく「発酵」と呼ばれます。

上述したような1週間以上の熟成となると、微生物による発酵が絡んでくると思われます。

 

Q9:暴れて死んだ魚はATPが消費され尽くして熟成しないの?

A9:熟成しますが、臭みが早く出ます。

前の記事でも触れたように、暴れて死んだ魚のATPは、ATPの分解過程(下図)のADPまで分解されているだけです。

ATPの生成過程

そのため、そこから始まる熟成プロセスでイノシン酸が生成されます。

ただ、臭みが出るまでの時間が短いので、このような魚は早めに食べた方が良いでしょう。

釣ってすぐに締めた個体など、暴れて死んだ魚にはATPがほとんど残っていません。

そのため、ATPの消費が最も遅い10℃ではなく、初めから0℃に冷やしても大丈夫だと思います。

 

Q10:神経締めの方が旨味が強くなるの?

A10:イノシン酸に関しては違います。

神経締めはあくまで鮮度を長持ちさせる効果があるだけです。

生成されるイノシン酸の絶対量が増えるわけではないことが、上述したMishima et al. (2005)の結果で明快に示されています。

ただ、上でも触れたように味の決め手はイノシン酸だけではないので、神経締めの魚に旨味を強く感じるということもあり得るとは思います。

 

Q11:ヒラメでは神経締めする意味がないって聞いたけど…

A11:あります!

神経締めは脊椎動物の脊髄を破壊して、死後の脊髄反射を完全に停止するものです。

このため魚に留まらずどんな脊椎動物でも効果が見込める締め方で、魚種によって効果が反対になるとは考えにくいと思います。

特にヒラメの神経締めは意味がないという話が有名ですが、一度そのような情報が論文で流れた(Ando et al., 1996)ので混乱を招いたようです。

その翌年にそれは脊髄の破壊が不十分であったためで、ヒラメでも他の魚種と同様に脊髄を破壊する効果があることを示した論文(Nakayama et al., 1997)が同じ雑誌(Fisheries Science)に出ています。

この論文でも、脊髄の破壊が不十分だと死後硬直が加速してしまうという結果が得られているので、神経締めの「腕」の大切さもわかりますね。

 

<引用文献>

Ando, M., Banno, A., Haitani, M., Hirai, H., Nakagawa, T. & Makinodann, Y.: Fisheries Sci. 62 : 796-799 (1996)

Nakayama, T., Matsuhisa, M., Yamaura, M., Sumiyoshiyama, T. & Ooi, A.: Fisheries Sci. 63 : 830-834 (1997)

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