魚の「旬」とは何かご存知でしょうか?
「魚が一番美味しい時期」というのが一般的なイメージでしょうか。
実はこのイメージ、半分正解で半分間違っています。
魚の「旬」という言葉は「魚が一番美味しい時期」の他にもう1つの違った時期を指すこともあるからです。
この記事では魚の「旬」の2つの意味をわかりやすく解説します。
魚には2つの旬がある!
「旬」という言葉は誰もが知っているのに、正確な意味はほとんど知られていません。
この原因は魚の「旬」という言葉が全く違う2つの意味合いで使われている点にあると思います。
1つ目は「その魚の味が一番おいしい時期=①味の旬」、2つ目は「その魚がよく獲れる時期=②水揚げの旬」です。
一般的に、同じ魚でこれら2つの時期は一致しません。
そして、「旬」という言葉はいずれの時期を指す場合にも区別なく使われます。
例えば、スーパーなどでは「①味の旬」と「②水揚げの旬」の両方の時期に「旬」と記したシールを貼られた魚が陳列されます。
そのため、いつ見てもその魚に「旬」のシールが貼られているような印象を受けます。
「旬」のシールの意味を「本日のおすすめ品」程度にしか認識していない方も多いのではないでしょうか。
日常生活において魚の「旬」がこのように使われているため、「旬」という言葉は知っているけれどその正しい意味はよくわからない、という状況が生じるのだと思います。
旬の例(1):マダイ
天然のマダイを例に2つの旬を具体的に説明します。
マダイはスーパーでは4~6月頃に「旬」のシールを貼られて陳列されます。4月のマダイは「桜ダイ」とも呼ばれ、いかにも美味しそうに感じます。
しかし、実はこの時期はマダイにとって「②水揚げの旬」であり、「①味の旬」ではありません。
なぜこの時期にマダイの水揚げが増えるのでしょうか?
それは、この時期がマダイの産卵期にあたるからです。
通常、マダイは海の深い所(漁獲の対象になりにくい)から浅い所(漁獲の対象になりやすい)にかけて幅広い範囲で散り散りに過ごしていますが、産卵期になると浅場の産卵場に集結します。
そのため、この時期には浅場の産卵場の濃密な群れを狙って効率的にマダイを漁獲することができるのです。
しかし、残念ながらこの時期のマダイは身の味が落ちます。
卵巣(真子)や精巣(白子)に卵や精子を蓄えるために身のエネルギーを回した結果、身が痩せてしまうからです。
そのかわり、この時期の真子や白子はとても美味しいです。子孫を残すという志半ばにして捕られてしまった魚の弔いの意味も込めて、捨てたりせずにありがたく頂きたいところ。
また、たくさん捕れるため値段が手ごろになるのも「②水揚げの旬」の嬉しい特徴です。
それでは、マダイの「①味の旬」はいつなのでしょうか?
それは産卵期のちょうど反対の時期+1~2か月くらい※1、つまり11~3月くらい※2の期間で、スーパーではこの時期のマダイにも「旬」のシールが貼られます。
この時期は産卵で痩せた身が完全に回復し、まだ生殖腺(卵巣や精巣)にもエネルギーが回っていないので、身に最も脂が乗っています。
「①味の旬」のマダイの刺身は断面が鈍い虹色にゆらめくほどに脂が乗っており、噛めば噛むほど味が出て、この旨味はいつまで経っても消えないのではないかと錯覚してしまうくらい絶品です。
美味しさに比例して値段もまた跳ね上がるのですが、季節ごとの味の変動がきちんと価格に反映される様子を見るのは、季節感を感じにくくなっている今日のスーパーでの小さな楽しみでもあります。
下の図を使ってマダイの2つの旬について簡単にまとめます。
秋、産卵に向けて身にエネルギーを蓄え、それが最大に近づいてくると「①味の旬」を迎えます。
冬、次第に生殖腺が発達してくるのである程度のエネルギーはそちらに取られますが、まだまだ生殖腺が小さいので身のエネルギー量も十分大きく、「①味の旬」が継続します。
春、とても大きくなった生殖腺に身のエネルギーが大量に取られ、味が落ちます。
このときは産卵前の時期。広い索餌場でエネルギーを蓄えた親たちが産卵場に集結するため、漁獲しやすい「②水揚げの旬」になります。
産卵が終わると生殖腺の中身(卵か精子)が体外に放出されるため、生殖腺に蓄えられていたエネルギーが一気になくなります。
こうなると、身もげっそりで生殖腺もない、さらに産卵場から索餌場へと分散していくのでよく獲れるわけでもない、という2つの旬を両方とも外した状態になります(夏)。
その後は索餌場で徐々に身のエネルギーを回復させていき、また次の秋の「①味の旬」を迎える、という流れになります。
※1実際は繁殖周期だけで決まらない「①味の旬」もあるようですが(季節によって餌が切り替わるなど)、大多数は繁殖周期の観点から説明できます。
※2あくまでも目安で、地域が違えば旬の時期も多少ずれます。
旬の例(2):スズキ
多くの魚はマダイのように春~夏の初め頃に産卵するので冬に「①味の旬」を迎えますが、反対に夏が「①味の旬」となる魚もいます。
その代表格がスズキです。
スズキは12~1月にかけての冬場に産卵するため、真夏に「①味の旬」を迎えます。
真夏のスズキの洗いはジメジメした日本の夏の暑さを吹き飛ばすような清涼感のある味わいで、これを肴に昼間から風鈴の音に耳を傾けつつ冷酒をキュっとやるのが毎年の夏の休日の楽しみです。
下の図はスズキが「①味の旬」を迎えるサイクルを示します。
季節は反対ですが基本的にはマダイと同じ仕組みで、身のエネルギーが増えると「①味の旬」を迎え(夏)、生殖腺が小さい間は「①味の旬」が続き(秋)、生殖腺が大きくなると身のエネルギーが減り味が落ち(冬)、産卵後は身にも生殖腺にもエネルギーのないげっそりした状態になります(春)。
マダイと違ってスズキには明確な「②水揚げの旬」がありません。
スズキはあまり深い所には生息せず、産卵に関係なく常に沿岸を泳いでいてコンスタントに水揚げがあるためです。
まとめ
魚の「旬」には「①味の旬」と「②水揚げの旬」の2つの時期があり、それらは繁殖周期と産卵に伴う生息場所の変化によって決まることを説明しました。
この記事では夏や冬に「①味の旬」を迎える魚を紹介しましたが、春に「①味の旬」を迎える魚もいれば秋に「①味の旬」を迎える魚もいますし、一年を通して味がほとんど変わらず常に「①味の旬」状態の魚もいて、一年中いつでも何らかの魚が「①味の旬」を迎えていると言えます。
「①味の旬」にはその魚の最大限の味わいを愉しむことができるし、「②水揚げの旬」にはその魚と人の営みの関係に思いを馳せつつ、リーズナブルな値段で真子や白子まで堪能することができます。
たとえ両方の旬を外していたとしても、その魚の生態についてあれこれと考えながら頂くとその時期ならではの味わいがあることに気が付き、それもまた乙なものです。
例えば、私は産卵を終えて痩せてしまったマサバの刺身がとても好きなのですが、それはこの時期のマサバは脂が落ち切っていて純粋に香りを楽しむことができるからです。
魚の「旬」を理解することで魚の生態について知れば、その魚の味わいもより一層深まるはず。
今度スーパーで「旬」のシールを見つけたら、それが「①味の旬」なのか、はたまた「②水揚げの旬」なのか、是非考えてみてください。
コメント
こんにちわ!
瀬戸内備後灘(広島県福山市)で魚屋をしています。
カネト水産の佐藤と申します。
私ごとで、ブログを毎日更新するようになって
ネタ探しをしていたところ
『旬』について書かれていた
かおりおさんのこの記事に出会いました!
僕のブログ→https://kanetosuisan.shopinfo.jp/posts/5297013
イラスト付きでとてもわかりやすい内容と
まとめでのお魚大好き感に親しみを覚え
突如コメントさせていただいました。
『旬』に関してですが、
僕は少し違う持論を持っていて
それをブログに書こうと思います。
決してかおりさんのブログを
否定するものではありません!
ご容赦ください。
ps:熟成の記事もATPの減少とか科学的な話が
学生時代を思い出すようで面白かったです^^/
またブログ拝見させていただいます!
コメントいただき嬉しいです!ありがとうございます。
旬については色々な考え方がありますよね。
この記事は、一般的に使用される「旬」という言葉の定義を整理するつもりで書きました。
佐藤さんの旬についての記事も拝読しました。
https://kanetosuisan.shopinfo.jp/posts/5309122
お魚屋さんらしく、美味しさを何よりも重視されているんですね。
読んでいてまた魚を食べたくなりました。
旬の魚は最高だけど旬だけに囚われず美味しい魚をもっと食べよう!というメッセージ、多くの方に伝わってほしいです。
本当~に魚は美味しいですよね!
[…] (かなりわかりやすかったので、こちらのページ引用させていただきました。) […]